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歴史学におけるデジタル研究を評価するためのガイドライン

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歴史学におけるデジタル研究を評価するためのガイドライン
(Guidelines for the Evaluation of Digital Scholarship in History)

https://www.historians.org/teaching-and-learning/digital-history-resourc...

PDF版和訳⇒ (DOI: http://hdl.handle.net/2261/59142 )

アメリカ歴史学協会
2015年6月

歴史研究者によるデジタル研究の評価に関する特別委員会作成
アメリカ歴史学協会理事会承認
2015年6月

特別委員会メンバー
Edward Ayers (University of Richmond, committee chair)
David Bell (Princeton University)
Peter Bol (Harvard University)
Timothy Burke (Swarthmore College)
Seth Denbo (American Historical Association)
James Gregory (University of Washington)
Claire Potter (New School for Public Engagement)
Janice Reiff (University of California, Los Angeles)
Kathryn Tomasek (Wheaton College)

訳:菊池信彦 小風尚樹 師茂樹 後藤真 永崎研宣
Translated by Nobuhiko Kikuchi, Naoki Kokaze, Shigeki Moro, Makoto Goto and Kiyonori Nagasaki

Special thanks to Professor Alan Christy and Dr. Seth Denbo.

Defining the Challenge
挑戦を定義する

歴史研究のコンテクストは、急速に、かつ大きく変化しつつある。2世紀前に、豊富な印刷物の中で登場した学問分野や大学は、現在、デジタル化されたものたちに直面している。歴史学の研究分野は、率直かつ誠実に、この歴史(学)的に重要な時期における自身の固有の学問的立場を表明する必要がある。

言うまでもなく歴史研究は、すでに多くの点でデジタル化されている。歴史研究者は電子図書館で研究を進めているし、教育活動においてデジタルツールを用い、デジタル・ネットワーク上での対話にも参加している。多くの大学では、学問領域を超えてデジタルによるイノベーションを促進するためのセンターや研究所を創設してきた。現在、新しい研究・教育の方法が具体化し、私たちが過去を理解することに貢献しつつある。このような学問のあり方は、アメリカ歴史学協会(American Historical Association 以下、AHAと表記する) の考えでは、印刷物を用いた研究に劣ることなく、業績として評価するに価するものである。

このような変革期であるにもかかわらず、デジタル研究に対する業績評価について、広く受け入れられているガイドラインは登場していない。研究者が採用されたりテニュアや昇進のために評価されたりする場合には、デジタルによるイノベーションは極めて様々なレベルでの評価を受けることになる。新たな実践と、実践に対する評価とのあいだにある断絶は、新たな可能性に対する研究者の関心を、あらゆるレベルで阻害する。それだけでなく、専門職や、専門職を育てる部門において、歴史的な知がこれからますます創造され共有されるであろう方法に取り組むことを妨げている。

AHAは、[歴史学の]専門家が、デジタルの存在感が増している先進的な方法によって活動することを保証するために、この委員会を立ち上げた。具体的に言えば、この委員会では、デジタル的な手法による学術的な成果物の評価に関連するポリシーを明確化することに取り組む。広く言えば、AHAと本委員会の目標は、私たちが得た[デジタルという]またとない機会を、私たちの[歴史学という]すばらしい伝統に位置づけることである。

新興のデジタル環境による学術的な貢献が様々なかたちをとることをふまえ、AHAでは「ピア・レビューが可能な研究として印刷されたもの(ジャーナル論文や書籍など)と同類のものとして認められるような成果物だけでなく、研究や教育・教育理論、そしてサービスと言われるようなもののために様々に利用できることを述べているような仕事についても」検討することを委員会に依頼した。

AHAは「デジタル・ヒストリーについて広く形成されつつある定義」を「コンピュータ上のツールやそれを用いた方法を用いて生み出された研究、またはデジタル技術を用いて表現された研究」としている。この定義は、今後の歴史研究において[デジタル研究が]着実に割合を増すことを含意するものであり、したがって[歴史学の]研究部門やその責任者、委員会が、このような発展についての正しい理解を醸成することが重要なのである。

根本的に研究とは、長期間にわたって、様々な問題に対して行われる記録され訓練された対話のことである。採用、テニュア、昇進などは、この対話の一つもしくは複数に対する研究者の貢献の度合いを、同じ分野の専門家によって判断する、ということを伴っている。研究というものは常に進化するものであるので、各研究部門はたえず自身のポリシーや研究実践を、新しい[研究の]機会を活用することに適合していかなければならない。ここ数十年のあいだ、歴史研究者は多くの新しい下位領域を包含しながら、その専門知を拡張してきた。それと同様に私たちは、デジタル環境が提示する可能性と機会とを活用するために、急速に進化するデジタル環境についての私たちの知識を拡張しなければならないのである。

Forms and Functions of Digital Scholarship
デジタル研究の形と機能

デジタル技術を用いた研究は様々な形をとっており、それらの成果に対する研究部門の判断も、同様に多様なものとなろうとしている。一部のデジタル出版は、媒体という点を除いて、冊子体とほとんど変わらないものとなりえている。デジタル版でのみ刊行された、質が高く、査読も通過した雑誌論文や長文な原稿も、紙で刊行されたものと全く変わらない。その表現や方法の実践において、印刷版の世代の歴史研究者と何ら変わるところのない(デジタル世代の)研究者は、研究成果をデジタル媒体で発表する理由を特に説明する必要はもはやないだろう。とはいえ、どのような研究者も、評価プロセスの中で、あらゆる成果の提供を求められるのであり、そのために査読の実際の中身や編集コントロール、研究成果の流通に関する基本的な情報の提供は必要であり続ける。

一方で、印刷とは異なる方法論や論証方法、アーカイブズに関わる実践によって、デジタルで成果を発表しているものもある。それらの歴史研究者にとって、デジタル媒体やツールへの関心は、アーカイブズの形式を取った証拠や口頭による証言、その他の形態の史資料を扱った方法論からの本質的な脱却(を求める志向)に基づいている。彼らは、より多くの市民が歴史を記憶し、表現し、そして歴史に関わるような方法と、歴史学の専門的な学術成果とを結びつける新たな道を提供する、というコミュニケーションの変化を、デジタル媒体が支援する可能性があることから、それに最も高い関心を向けることだろう。

様々な形をとるデジタル・ヒストリーは、学問領域としての歴史学の定義と可能性の拡大にしばしば貢献するものであり、また同時に、歴史学が向かう先の人々に関わるものであることも表明している。デジタル媒体と情報技術に強い関心を持つ歴史研究者、あるいは、もっぱらデジタル環境を仕事の場として選択した歴史研究者は、学術研究の発展のために、長期間、表現豊かで本質的かつ組織的なイノベーションを扱う総合的な能力という観点から評価されるべきである。このことは、場合によっては学術的な、また別の場合では教育的な関わりである。つまり、歴史学という学問領域に対するバランスのとれた関わりを表すものである。

歴史的推論に対する全く新しいアプローチを開発しようとする研究者もいる。その戦略には、ブログやソーシャルメディア、マルチメディアストーリーテリングといった、デジタル媒体での新しい短文式のジャンルも含まれるもので、それらをもとに、新しい教育方法の開発と活用や、学術成果のオープンアクセスでの流通という強力な流れへの参加、学術成果を生み出す別の様式としてデジタルプラットフォームとデジタルツールを作り出している。

可能な限り、歴史研究者は歴史学における成果の新しい様式と形式を調べ検討し、そしてその時々でなにがこの分野を形作っているのか理解を深めるよう備えておかねばならない。確かな情報に基づくエビデンスベースの議論、つまりは歴史学において全ての歴史研究者が共有しているこの誓約のおかげで、我々は歴史学に新しい可能性をスムーズに取り込むことができる。歴史学の目的と一致させることで、デジタル・ヒストリーという新しくも多様な形式の学術研究は、歴史学にとっての邪魔者ではなく、むしろ強みとみなされることとなろう。

Roles and Responsibilities
役割と責任

採用や昇進、テニュアの審査においては、デジタル的な方法論またはメディアを用いて歴史研究者がおこなう研究、教授法あるいはコミュニケーションなどの仕事が、研究や教育、サービスを通じてディシプリンにもたらした学術的な価値や貢献において評価されるべきである。デジタル的なものを基礎とする研究に開かれていることが記され、あるいは、それを要求する、あらゆる採用や昇進の手続きは、印刷その他の正統派とされる慣行にはっきりと挑戦するデジタル・ヒストリーの実践を好む大変有能な候補者の出現の可能性、さらに言えば蓋然性を根本的なレベルで受け入れなければならない。

はっきりとデジタル・ヒストリアンを雇用しないような歴史学科でさえ、学問分野におけるデジタルへの取り組みを考慮に入れるとともに、デジタル技術を用いた研究による挑戦に対峙し、それが提供する機会の利点を活用する準備をしておく必要がある。デジタル技術を用いた研究に乗り出す研究者たちは、彼ら自身に関する限り、その研究を考案し、構築し、そして共有するといった各段階において、学問的なやりとりに貢献させるためにデジタル媒体を用いることの、意味するところや重要性について、できるだけ明晰である責任がある。新たな方法論的可能性や分析の様式を生み出すような情報技術の活用法を有する歴史研究者は、彼らのデジタル技術を用いた研究が、学問分野内の学友たちによって専門的に評価されるようになるためのプレリュードとして、説明的な語りを提供する必要がある。

それゆえ、このガイドラインは、歴史学科、個々のデジタル・ヒストリアン、そして最後に歴史学におけるデジタル技術を用いた研究を促進するためにAHAがいかに貢献するかということに対し、提案を行うものである。

Responsibilities of Departments
学科としての責任

歴史学科は以下の問いを自らに課すべきである。

1. あなたの学科や組織は、新たなデジタル環境によって表現される機会や挑戦に対してどのように対応しているのか。
2. あなたの学科は、雇用や昇進、テニュア認定、その他審査の対象として提示されたデジタル媒体上の成果に評価を与えることを計画しているか。
3. あなた方の雇用計画には、デジタル媒体を利用した研究・教育・学術交流を含むポストがあるか。

AHAとしては、まずこのようなやりとりをした後に、そういった状況について学科がより深く検討することを推奨する。多くの学科が下記のすべての点についてすぐに取り組むことはできないだろうということは、AHAは十分に理解している。この問題に取り組むための委員会を組織するという手はあるかもしれない。あるいは、定例会議の一貫として取り組み始めるという手もあるかもしれない。後者の場合にはある程度時間を要するだろう。しかし、デジタル技術を用いた仕事をいかにして評価し、そして、そうした仕事をいかにして活動範囲に取り込んでいくか、という問いに多くの学科がいずれは直面するだろうことを想定するなら、実際の問題が生じてくる前にこういった問題についての検討は始めておくべきだろう。

● 歴史学科は、デジタルの文脈における我々の仕事の発展について、情報を得ておくべきである。ほとんどの単科大学や総合大学では、新しいテクノロジーをチェックし、促進するための仕事を持つスタッフが適所に配置されている。特に図書館員は、教育や研究に関する新しいテクノロジーについての専門的なやりとりに、長きにわたって関与してきた。図書館員の多くは、グループないしは個人で、ワークショップを開催し、同業の大学関係者に対して講演することを喜ぶであろう。

● こうした(デジタル技術の)可能性を促進していくことに責任のある同僚としての歴史研究者を雇用したり、その人物の研究を奨励したりする前に、学科長や委員長は、どのような成果がテニュアや昇進に影響する学術的貢献なのかを明確に規定しておくことが賢明である。学科としては、職場の同僚が、デジタル上の資源やツール、そしてネットワークを学問活動の中で用い得る様々なやり方の可能性について定義した既存のガイドラインを、再検討し、改訂すべきである。

● デジタル研究は、審査用の紙媒体に掲載されるべく印刷されたものではなく、本来のデジタル媒体の形式において評価されるべきである。評価者は、プロジェクトがいかに機能し、それが持つ可能性は何なのか、およびそうした可能性がどれほど上手く表現されているかについて理解する必要がある。このことは、実際にインターフェースを用いることによってのみ、可能となる。

● 学科は、非常に複雑なデジタルツールの発展を、学問としてどのように評価するかについてよく検討すべきである。

● 断続的な改訂の過程にあるがゆえに、「完成した」成果としては存在しえないデジタル媒体に掲載される仕事に対して、いかに対処するかということを、学科は検討する必要がある。

● デジタル研究はしばしば共同作業を含むため、学科は、共著論文、学部在学生の研究、クラウドソーシング、あるいはツールの開発といった、共同作業に基づく仕事を評価するためのプロトコルを改善すべきである。

● ツールの開発やその他デジタル研究にとって重要な方法論的貢献というのは、しばしば学問分野の枠にとらわれない共同作業を可能にするための資金が必要となる。こうした類の資金を獲得するには、非常に厳しいピア・レビューの審査過程を経ることを必要とすることがあるため、こうした研究助成金についての志願者の成功履歴を評価する方法について、学科は検討すべきである。

● デジタル研究の専門的知識を持たない学科は、審査対象として眼前に出された仕事の強みや弱みを評価することを手助けしてくれるような、デジタル研究に特有な専門的知識を有する同僚に協力を求めることを検討すべきである。

Responsibilities of Scholars
研究者としての責任

歴史(学)においてデジタル関連の仕事をする個々の研究者は、以下の諸問題について自分自身で検討する必要が出てくるだろう。

1. 自身の学問的目標を達成するためのデジタル手法と、その仕事に自身が費やす時間とエネルギーの傾注について、どのように説明するか。
2. 自身が所属する学科や機関が、いかにデジタル研究を支援し、評価するだろうか。
3. (研究成果を)普及させ、維持し、そして保存するということについての、自身の計画は何か。

一度これらの問題について答えを出したのであれば、AHAは以下のことを推奨する。

● デジタル・プロジェクトを起こし、そのプロジェクトの全工程に入る前に、そのプロジェクトの発展や進捗、そして学問への貢献について、説明し、記録する準備をしておくべきである。こうした報告書は、関係者全員が同じ青写真を抱いて仕事に取り組んでいるかを確かめるために、学科長や委員長らによって討議されるべきである。

● 自身の昇進やテニュアのためのポートフォリオを用意するにあたって、サポートや手引きを捜し求めるのが良いだろう。学科が管理している財源や、AHA、そして様々な研究者が、自身のデジタル成果の学問的価値を、ポートフォリオ上で表現するための重要な手助けを提供できる。

● 同僚を自身のプロジェクトに引き入れ、大学内における討論や、専門家による会議、そして印刷あるいはオンライン出版物における学問的なやりとりに、自身の仕事がいかに貢献したのかを説明する機会を活用するのが良いだろう。共同や提携関係を築いたとしたら、自身の所属する学科や機関が、それぞれのステップにおいて十分に情報を提供されているかを確かめるべきである。

● デジタル研究・教育について、自身の学科や機関が評価・サポートするプロセスや手続きが、自分自身の計画にいかに影響を及ぼすかを検討するべきである。

● 仕事の納期、最終成果物、そして評価に関する可能性について、プロジェクトの各ステップにおいて、明晰でなければならない。新しい枠組みでの研究を試みる歴史研究者というのは、自分たちが何を行っていて、その研究が何の機会を提供し、仕事仲間に対してどのような困難を突き付け、そしてターゲットとして想定された聴衆に対してその仕事がどのようなインパクトをもたらすかについて、特にはっきりとさせる必要がある。

The American Historical Association’s Role
アメリカ歴史学協会の役割

AHAは、長きにわたり、あらゆる枠組みにおいて学問の可能性を押し広げようと努めてきた。ここ20年来、一連の会長たちは、デジタルツールやネットワークによって可能になった様々な機会に着目してきたし、協会のPerspectives on Historyは、種々のプロジェクトや通覧を特集してきた。American Historical Reviewは、デジタルの要素を含んだ論文の刊行を試みただけでなく、デジタル研究についての論評も加えてきたし、年次会議では、デジタル・ヒストリーの発表や議論の現場を特集してきたのである。

こうした仕事を確立することによって、AHAは、関係各方面の支持を拡大するだろう。その第一のステップは、委員会そのものである。委員会は、様々な学科と提携することで、どういった仕事が成し遂げられる必要があり、またそれがなぜ成し遂げられなければならないのかについて、明らかにすることを手助けするものである。

委員会は、さらに以下のことを推奨する。

● AHAは、デジタル研究の分野で経験を積んだ歴史研究者を集め、ワーキンググループを形成する。そのワーキンググループは、当該分野の発展について情報収集を行い続けるほか、テニュアや昇進のタイミングで、関係する学科が、その志願者を検討するために外部の専門家を探すにあたって、補助をできるような歴史研究者の名簿を管理するものである。

● AHAが考えるに、このワーキンググループは、AHA Communitiesを用いたやりとりを強化し、AHAのブログAHA Todayや、デジタル研究に関連のあるPerspectives on Historyにとって、定期的なコンテンツを生み出すことにも役立ち得るのである。

● AHAは、進化し続けるデジタル研究から良いものを選抜したギャラリーを維持していくことによって、歴史研究者が、新しい枠組みの学問を考案し、練り上げ、解釈するにつれて、彼らがお互いに直接学び取ることができるようにする。

American Historical Reviewの編者は、デジタル研究や、デジタル・プロジェクトの特集方法、あるいはこうしたプロジェクトのピア・レビューについて、より頻繁に論評を加えることを検討する。